40代独身女性が正社員を退職する決意をしました

はじめましてこんにちは~(*´∀`*)ノシ。

「毒親育ちで奴隷根性の自尊心氷点下の80キロデブスが発言力マイナス50000状態からダイエットしてマナーを覚えて仕事できるようになって人生を生還し、組織内で成功しかけるも壮絶モラハラ職場から脱出した先がいくらなんでもな底辺ゴミ溜め職場、とうとう精神病んでなんとアラフォーで退職を決心、独立・起業して自由を勝ち取るまでのサバイバル記録」

というコンセプトのもと、今回このブログをたちあげました、

トモ(TOMO)

と申します。

あ、自己紹介だいたい終わっちゃった★

基本情報

基本的にはこんな感じです。

↓↓↓

年  齢:40代初頭
性  別:女性
家族構成:未婚・子供なし 結婚予定・願望なしっ★自由に生きます!
居住地域:北海道道央地域(札幌市は隣町です)
経  歴:
マザコンモラハラ毒父と共依存母の間に弟とともに生まれ、機能不健全家族内で育ちました。 教育という名のもとの自尊心族滅教育を幼少の頃より受けて育ち、人生のあらゆる可能性を切り捨てられ、すっかり主体性のないデブスに成長、小中高校といじめられ、18歳まで下を向いて過ごす。

大学進学時になんとか実家からの脱出を図るも、すで人間関係力に壊滅的なダメージを受けていたため結局実家にUターン。実家のある北海道道央地域でアルバイトしつつ、奇跡的に正社員の職を得ました。

紆余曲折あったものの仕事を頑張ったためそこそこ認められたものの、就職して13年目あたりで脳みそド腐れクソゲロビッチモラハラ因業ババア(自己愛性人格障害者)による壮絶な職場モラハラに遭遇、その所属から脱出したら左遷され、そこになじめずうつ病を発症して休職

復職する予定はなかったのですが、一度復職しました。

勤務地を変えて心機一転をはかる予定が……新天地でまさかの脳みそド腐れクソゲロビッチモラハラ因業ババアのミニチュア版にエンカウント(以前のバカに比べて相当マイルドですが、休職明けにこれはキツイ!)、現在全力で転職のダイナモ回してます。←イマココ・2019年夏


この時代の女性に生まれただけで、余計なものを背負わされてばかりだったなーと思います。

親兄弟親戚を始め、仕事・同僚・友人・家具など様々なものを断捨離して、以前よりはかなり身軽に自由に振る舞えるようになりました。

その経験から、「何にもとらわれず、自分の思ったとおりに自由に生きていくためにはどうしたらよいのか」というコツをちょっとでも伝えることができたら…と思ってブログを立ち上げました。よろしくお願いします★

ストレングス・ファインダー

1 未来志向 (前に進み続けようとする意欲)
2 内省   (頭脳活動派・一人で考える時間を重視)
3 個別化  (人の才能・個性・ユニークさに注目)
4 最上志向 (才能を最大限活用する方法に興味がある)
5 慎重さ  (世の中は危険でいっぱいだ!)

※総括すると、「生まれつきの一匹狼」です。

その他の雄叫び

あの、退職届はまだ提出していないんですけど(笑)、あと2019年中に退職予定のため、現在絶賛準備中です。

しかし、自由になる、退職する、と強く決意できたら勝ちなのです。

あとは粛々と必要なことをこなしていくつもりです。

私は堅実な民間会社に勤めるサラリーマンで、16年ほど正社員として働いており、よほどのことがない限り、還暦までの雇用が保証されています。

親戚の集まりがあるたびに「トモちゃんはいいわね~高給取りで身分保障があって(・∀・)ニヤニヤ」などと言われまくって辟易してます。

うーん、安定企業ってすっごくドロドロしてるんですYO★

言ってもわかってもらえないから言わないけど。

私は親と絶縁しており、なんというか「親戚内フリーランス」状態。

猫も杓子も「正社員」というステイタスは、昭和前半生まれのジジババどもの、自分の味方につければ自分の立場を強くすることができる、格好のアクセサリーのようなのです。

くだらねえ ぺえっ!!!

昨年お葬式があったのですが、毒父と叔母との間で「お高級ステイタス((笑))」を持つ私を巡る駆け引きのようなものがあり、ほんとこいつら何やってるんだろう?どんだけ田舎者だよと思いました。

血の繋がった情というものはもちろんあるのですが、年月を経るごとに、親族内マウンティングの情勢が理解できるようになって辟易しています。

暇なんだなあ…。

でもこのように、クサレ昭和生まれを狂わせるくらいの強固な安定性は、自分の中でもものすごく強力なブレーキになっていて、


かなりの
よっぽどの
相当のことがないと、

「絶対絶対やめてやるううううううううううう」

という決心がつかないのでした。

しかし、このたび、壮絶な職場モラハラに遭遇したおかげで、「ここで退職しても二度と後悔はせん!」というところまで追い込まれたことから、めでたく退職することを決心することができました。

いろいろありましたけど自由な娑婆の大空の下へ旅立つ準備も進んでおります。

退職を決心したら、ふしぎと様々な人の出会いがあり、助けられています。

神様ありがとう。

でも、このご時世でアラフォーという年齢で超安定企業を退職する決心ができるとは自分でも思いませんでした。

40代の転職って、よっぽどの専門スキルがない限り、もういい条件の求人なんてお目にかかれません。

さらにほら、アベノミクスっていても東京オリンピック終わったら日本経済ぽしゃるの既定路線ですし、少子高齢化は凄まじい勢いで進んでますしで、日本全国マインド的にはリーマンショックの時以上にますます

安定>>>>>窮屈・束縛・抑圧

でしょ?

私も2017年の1・2月までは(つまり1年前)、

「うーん…仕事もこんなんなっちゃたし、定年まで勤めるのは苦しいかなあ… あと10年、50歳になる頃には退職できるように、しっかり貯金して、今から準備だけはしておこう…」

くらいの気持ちでした。

でも、夏から秋にかけて自分の本当の望みに正直に生きる感覚を取り戻し、


「退職後の生活の目処がつけられれば、即退職!!!」


「今のクソ職場になど、一片の未練なしッ!!!」

と断言できるまでになりました。我ながら急展開でびっくりしてます。

親や組織の奴隷、もっといえばこいつらの無限1up用ノコノコだった私は、 親についてはその面子を蹴り潰すことで絶縁し、組織については「一番油の乗りきった奴隷をこれから本格的にこき使える」と思わせたタイミングで退職(予定)するところまで主体性を取り戻すことができました。

このブログでは、退職・起業まで決心するに至ったことを、今まで慣れ親しんだ環境への決別と哀悼の意味も込めて、マイペースで書いていきたいと思います。

起業に関する具体的なことは、今後の『トモの自由なB面人生』の章に譲るとして^^;、とりあえず『トモの悲惨なA面人生』から先に書いていこうかなと思ってます。

余計なしがらみに束縛されて思うように動けないたくさんの人たちが、不自由な環境から脱出するため、自由になるために少しでも参考になれば、と思ってます。

2013年4月に栄転

地方で10年間、まじめに仕事をしていた私は、札幌にある本社に栄転となりました。

私は実家が札幌なので、やはりうれしかったです。

今では自分でお給料をいただける身分であり、懐かしい以上に憧れの都市ライフを満喫できると胸躍らせて新しい職場に向かいました。

が、そこで運命の脳みそド腐れゲロブタビッチモラハラ因業ババアに遭遇、着荷人後3週間でターゲットにされ、1か月も経たないうちに壮絶なモラハラを受ける生活が始まりました。

ほんと、いいこと何一つありませんでした。

ストレスで腰を悪くし、週6日間、針治療を受けるというありさま。

その年の12月には精神科にも通い始めました。

なんでこんなことになったのか……。

2016年4月に左遷

心身ともに限界だったため、勇気を振り絞って上の上の上の上司に異動願いを出しました。

結果、思いきり閑職に左遷させられた私は、一旦は限りなく落ち込んだものの、そこでめちゃくちゃ有給を取りまくります。

詳細はこれから書きますが、まあひどい職場でまあ……。

いいところといえば有給を取りやすいといった点で、キャリアに未練があった私は最初は抵抗があったものの、あまりにひどい職場だったので自己防衛のためにギリギリまで有給を取るようになりました。

いっときは気分も晴れて、平日の昼間には、以下のセリフを呟いて意気揚々と天下の公道を散歩する毎日。

しかしそんな強がりも2年ちょっとでギブアップ。

まあ通算すれば、自己愛性人格障害者の職場モラハラからストレスは累積されいて、通算したら4年以上の疲労が積みあがっていたのだから、当然です。

体力的というよりやはり精神的に限界がきて、会社に行けなくなりました。

2018年7月~翌年2月末まで休職

医者の襟首を掴んで前後左右に揺らして診断書をむしり取り(←大げさな表現)、弁護士を雇って職場を脅迫し(←大げさな表現)、会社役員に泣きついて権力で揺さぶるなど(←大げさな表現)、休職してからの私の前職場に対する嫌がらせと仕返しは、我ながら頑張ったと思います。

まあ職場への怒りを別にすれば、休職してしばらく経つと、すこし気力が回復してきて、散歩ができるようになりました。

天気のいい日の空の青さには、驚いたものです。

15年以上、ほとんどの日の昼間は、空が見えない建物の中でしゃかりきに仕事をするだけでしたから。

嗚呼、それにつけても娑婆の空気はうまいぜ!!!

「自分の時間を天引きされない生活」というのは学生以来20年近くぶりです。

一度この味を思い出していまったら、もう同じ世界には戻れないですよねえ……。

そこで私はよく考えました。

もう、この仕事辞めようと。

年収は少し下がるかもしれないけれど、こんな人間としての尊厳を毎日毎日ピーラーで少しずつ剥かれるような生活より、もう少しマシな人生があるはずだと。

2019年4月に復職・転勤

こういうわけで、もっといい条件で転職すべく、2019年4月に退職のための復職を果たしました。

現在、人生のB面のために水面下で活動してます。

具体的にはコネを使って異動を強行し、人生B面のための基盤を作っています。

都市名はまだ書けませんが、ここに移住し、この土地に軸足を置くつもりです。

が。

会社には安全配慮義務というものがあり、ぶっ倒れたところより職場環境は改善されるはずだったのですが、まさかの脳みそドぐされクソゲロビッチ因業ババアのミニチュア版(あのバカ女とは別人ですが、同じくらい薄っぺらいです)のような女性上司にエンカウント。

労働環境さえよければ最低3年は会社にしがみつくつもりだったのですが……。

これは、ピッチを上げないといけないようですorz。

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