負けるが勝ち 仕事と人間関係に大負けしたら別世界が見える話

こんにちは、パルプンテトモです。

みんな、負けるのは嫌ですよね。

負けるよりは、誰だって勝ちたいと思います。

負けたら悔しいし恥ずかしいし、落ち込みます。とてもショックが大きいです。

プライドはずたずたです、心の痛みはなかなか去ってくれません。

負けの内容によっては数年は忘れることもできず、布団の中で身悶えして眠れない夜が訪れることもありますよね。

でも、負けて、そして負けを素直に認めることができれば、自分の固定観念を破壊される新鮮な驚きが流れ込んできて、自分が想像できない世界を実現するきっかけにつながります。

それまで目を背けてきた自分の欠点にやっと向き合うことができるからです。

殻が壊れて古いリミッターがはずれ、自分でも予想しなかった何かに「化ける」ことができるのです。

負けるが勝ち ことわざの意味


負けるが勝ちとは、場合によっては、争わないで相手に勝ちを譲ったほうが自分にとって有利な結果になり、自分の勝ちに繋がるということ。(故事ことわざ辞典)

その場で勝たずに負けておけば、結果的に後でトクをするということですね。

会社でも時々見たことがあります、部署間の意見が食い違い、その調整に難航した時、「絶対に譲らん」と我を張る人は長期的に落ちぶれていきました。

意外ですが、「譲ってあげる」と言った人に対して注目が集まります。(※ただし、その落としどころは事前に決めておいた「落とし穴」でしたけどね^^;。こういうしたたかさが大事!)

結局勝ちを譲った人の方に人望が集まるんです。周囲の人たちは目ざといので、何が起こったのかだいたい理解しています。そういう周囲の視線に気づかないのは、勝ったと思っている側だけで(笑)。

自分側に何をどこまで残すかのラインを見極めておいて、それ以降の部分は「相手に対し負ける姿勢を見せて明け渡す」ことで、周囲に自分の度量を示すことになり、誰のメンツもつぶさないことで多くの人から感謝されて、かえってトクをするのです。

見ている人はちゃんと見てます、そのうち勝ちを譲った人の評判が自動的にあがるので、ちゃんと実力があれば、トントンと出世していくものです。

負けるが勝ち! 別の可能性が入ってくる

前の仕事は、本当に何事もなければ定年まで続けることができました。

福利厚生もしっかりしていたし、ちょっとあやしくなってはいましたが昇給もまだありました。

私は親戚には頼れないし、配偶者もおりません。

しかし、度重なる職場モラハラで、唯一の心の拠り所だった仕事さえ手放さなければならなくなってしまいました。

収入が途絶えるという危険さえ度外視して、逃げざるを得ない状況を作ってしまったのです。

今思えばですけど、おそらく私は「勝ちすぎて」いたのです。

だから最終的に身ぐるみはがされることになりました。

当時の私にとっては何のこっちゃらわからなかったのですが、

独身であったことで、「自由でうらやましい」と思われてしまった。

仕事で上層部の引き立てがめちゃくちゃ強かった。

仕事もまあできた。

外見も頑張ったし、性格も良かった……?(笑)

……少なくとも外側からはそう見えたのでしょう、そう見えるように計算してたので^^;。

それがぜーんぶ水の泡ですからね。

せっかくここまで来たのになあ。

そりゃー落ち込みましたよ! 2年間は奈落の底に穴掘ってました。

これらの結果は自分の努力の結果なのに、同性に変に足を引っ張られて全てが水の泡になってしまったのですから。

自分なりに努力した結果なんです、それをどうして「みんなで仲良く抜けがけ禁止♪」みたいな学生ノリの女性社員に全てをぶち壊されなければならなかったのか。

ずっと考えていたのですがそれはたぶん、実社会で「勝つ」「勝ち続けている」状態というのは、たいへんリスキーだから。

誰か一人が「勝っている」というだけで、それだけで人を傷つけたり、嫉妬したりする人が出てくるから。

私は知らず知らずのうちに、周囲からとんでもない恨みを買っていたのです(マキャベリを読むのが遅すぎました。)

なんと世間知らずだったことでしょう。

まあ女性って、家族に大事に過保護に育てられることが多いですから、世間を知らないことが多いですね。

負けを知る機会が少ないし、プライドも高いです。

まっとうに努力したって報われないラウンドにいつまでも居てもしょうがありません。消耗するだけです。

私はその土俵から降りました。

しかしこの大敗の経験は、結果的に良い方向に働くことになりました。

不思議なもので、前の仕事を手放したら、もっといい仕事があることを見つけたんです。

思いもかけないところに別の仕事の種があることを発見したのです。

握り締めているものを手放すと、自然と別の可能性が飛び込んできたんですね。

それは、会社員のままだとまったく見向きもしないところに転がっていました。

それまでの常識が砕けて、そのすきまから、別のものが入ってきたんです。

まだまだものにはなっていませんが、少なくとも「定年まで会社員やるよりずっといい!」「これがモノになるまで頑張る!」と思えるものです。とてもラッキーでした。

負けるが勝ち! 負けた分だけ強くなる!

いま、休職できたことでやっとすこし落ち着いてくると「負けて逃げること」は、「強くなるための変化のチャンス」を逃さないことなんだなあ、とつくづく思うようになりました。

今回、派手に負けてわかったことは、強くなるということは「変化」だったということ。

負けを認めることは、その変化のきっかけを与えてくれます。

ただ負けて逃げるだけではなくて、その後、

自分の何が悪かったのか

決定的な悪手はどこだったのか

どういう手を打つべきだったのか

など、自分の欠点とちゃんと向き合うことが重要です。

「三国志」では悪役として知られる曹操ですが、彼は逃げるのも得意でした。結局、中国を統一したのは呉でも蜀でもなく、曹操が治める魏であったのも、ある意味当然だったのかもしれません。

勝った方はただ単に「硬度」を増しているだけなのです。自分の足りないところを見つけるきっかけを得ることができないのですから、いつまでたっても同じ殻の中で右往左往するだけで、変化することができません。スカウターの数値はいつまでたっても上がりません。その価値観はだんだん時代にそぐわなくなり古くなり、いつのまにか忘れられていきます。

ですから、形成不利で巻き返しができないと判断したら、勝ちはさっさと相手に譲りましょう。そして逃げましょう。さらに分析しましょう。

そうすれば、相手に強くなる変化のチャンス・気づきのチャンスを与えず、相手を弱いまま・古いままに据え置いておくという、最高の復讐をプレゼントすることができます。

相手に勝たせておいてから、素早く逃げて安全地帯に避難し、こちらは力を溜めて別の土俵で巻き返しを狙いましょう。

まとめ

「負ける姿を見せる」ことは、周囲に安心感を与えることにもつながるのでしょう。

欲を言えば、もう少し若い時期に「負ける経験」をしておきたかったですね^^;。

それでもぽいっと負けてしまえば一時期はつらいものの、あーら不思議、今はハワイの高級ホテルで朝シャワーを浴びた後のような気分です。

恥ずかしながら、トモはとっても元気ですう(笑)。

勝ち続ける人間は最後に負けます。

負け続けながらもそれを受け入れられる人間、相手に勝ちを譲れる人間の方が強いのです。

強い人間は最終的に勝つことができません。弱い人間の方が生き残ることができます。

プライドの高さも等身大になり、とても楽になりますよ(笑)。

負けを素直に認めて弱いところを改め強みをのばして、最後にいちどだけ勝てば、総取りですよ!