子供の土俵に入ってくるな

この時期は、まだ普段は父の事は親として好きでしたが、一緒に住むとなると、何故かずっとどうしようもない息苦しさに苛まれていました。

自分の将来のため、そしてこれ以上の父との同居をなんとか回避するために1日14時間勉強し、無事合格。
総合職から一般職にランクを下げたので、筆記試験は余裕でした。

この時は就職区分の内容なんか、どうでも良かったと思います。
自分でお給料をもらって独り立ちができて、不健康な生活と息苦しい父との同居をやめることができれば。

高校卒業後、居心地の悪い実家から県外の大学に脱出してから約6年くらいは勝手気ままな一人暮らしを満喫していたので、もう「誰かと同居している状態」には戻りたくありませんでした。

たとえそれが、湯水のように(とは言い過ぎですが^^;)お金を使わせてくれる親とであっても。

大学4年目をいれると述べ4年に渡る就職活動の間に、私の体はすっかり成長してしまい、 大学卒業時に購入したりクリートスーツは、面接を受ける時にはすっかり前のボタンがぱっつんぱっつん状態。
それでも必死で腹式呼吸を覚えてキューピーちゃんのようなお腹を引っ込め、面接に臨みました。

そして会社の人事課から、2月下旬に配属先の所属が電話で知らされました。

甥や姪がよく知られた企業に就職したり、自分の好きな道をどんどん進んでいく中、 どういうわけか(け╬)自分の子供達だけがぱっとしない。

劣等感に苛まれ、あせっていた父は安堵し、喜んでくれました。
親戚に連絡し、祖母や叔母も喜んでくれて、私は素直に嬉しかったです。

しかしところが、初勤務日が近づいたある日、父はこう言い出したのです。
「配属前に、職場に手土産を持って挨拶に行け。それが世間の当たり前だ。

え・・・え・・・ゑ・・・?
そ、そうなの・・・?
・・・そういうものなのかな・・・(^_^;)??

私はさまざまな毒親のピント外れの価値の押しつけにすっかり汚染されていましたが、

「いや、別にわざわざ行かなくてもいいよねえ・・・なんかさ・・・それって何かおかしくない? 私、もうすぐ26だよ?子供じゃないんだよ??恥ずかしいよ」

くらいの感覚は生き残っていました。

背筋がざわつくような、ものすごい違和感があったんです。
いや・・・職場って学校じゃないはずだし・・・そこまでしなくてもいいんじゃね?
親が子供の職場に行くなんて、逆になにかずれてない?おかしくないの??
みたいな。

ここはもう対人距離感のセンスのようなものなのでしょうか。

どんなに勉強ができなくても、こういう対人的センスがある人はあるし、
どんなに勉強ができても、人との距離感が残念ながらぱらっぱーという人もたくさんいます。

もともとのセンスだったのか、 本が好きだったので、その中からいつの間にか何らかの知恵を身につけていたのか。原因はわかりませんが、私はこのあたりの感覚は、父ほどにはぶっ壊れておりませんでした。

しかし 今回の場合、どんなにお脳が腐れた毒親であっても、悲しいかな、こいつには社会人経験30年というキャリアがあります。

ニート歴3年の私は、「世間の常識」という言葉に対抗するだけの実績・根拠がなく、それを振りかざす父に対抗する術が残念ながらありませんでしたorz。

行ってもいいけど自分一人で行く、とせめてもの抵抗を試みましたが、
「お前は社会に出たことがないから、社会の常識というものがわからないんだ」
「仕事前にお世話になる人に挨拶に行くのが当然なんだ、馬鹿者」
などと逆ギレして馬鹿にされる始末。

父は自分も行くと言ってききません。
よっぽど自分の娘に自信がないでようです。

自分の子が、どの世界でも通用しない無残な内容に仕上がってしまった自覚は、多少なりともあったようです。

こうして私は、「世間を知っている俺が正義(←バーカ)」と主張して譲らない父と二人で車に乗って、 配属先を訪れてご挨拶に行ったのです。

というか、実は父は、自分も配属先の室に入って、 私と二人で先方にご挨拶するつもりでしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー??!!

A H O か い な★

どれだけ私に恥をかかすんじゃ

KASS

とにかくこの父親は、子供に恥をかかせる才能だけは一人前でした。