
1976年(昭和51年)生まれの40代半ばで、
ついこの間まで20代半ばだったはずなのですが、
あれよあれよという間に時は流れ、
「あのときもっと勉強していればよかった。お前も俺のようにはなるなよ」
と、誰かに言われた通りの人生に、
あっという間になってしまいました(笑´∀`)
25歳の時に就職と同時に家を出て、
35歳の時に母親と、
37歳で父親と縁を切り、
一つ年下の弟とも疎遠で、
配偶者もなく、
【姓】パルプンテ
【名】TOMO
※頭の上に乗っかってるピンクいのは「潜在意識ちゃん」です♪
以前NLPを受けたのですが、潜在意識とつながるというセッションがあり、それを受けたらなんか湧き出てきました。
私を幸せにするならなんでもやってくれるそうですが、大変素直なよい子なので願い方を間違えるととんでもない結果になるため、伝えるときは注意が必要です。
目次
~幼稚園
母親は専業主婦だったので常に身近にいたのですが、なぜか印象薄いです。
思えばこのころから「相手の顔色を窺ったり、空気を読んだりして言いたいことが言えない」子供でした。
幼稚園で必要なことを言い出せず、そのことで何か父か幼稚園教諭から言われたのか、
齢一桁前半の幼児に対し、
「どうして私に言ってくれなかったの」と恨みがましい涙目でギッと睨まれたのが、
母の最初の母の記憶です。
幼稚園児にそこまで気を遣わせるあんたが悪い。
不器用な人で、今思えば軽いADHAだったのかな…と思う程度に、他人の気持ちをわかろうとせず、要領の悪い人でした。
小学校時代
あまりなじめなかったですが、4年生まではまだ普通だったかも。
しかし、小学校高学年の左巻きヒステリー女性教師に睨まれたことで自信をすっかりなくし、
人生10歳で自分は負け組になったんだと、心のどこかで悟りました。
中学校時代
3年間完全孤立し、いじめにあってました。
夕食時に辛くて泣き出したことがありましたが、両親はそんな私をパーフェクトスルー。
子どもの介護は必要ないそうで、実に度胸のある両親です。
実際、2022年現在、再婚した毒父は子供に見限られ、再婚相手と超老々介護中。
実家で毒母は親戚全員から見捨てられ、生活保護受給中です。
カレンダーを年度末からめくり、「あと○○日でクラス替えがある」と毎日指折り数えているような3年間。
もう少し近所の美術館なり公園なりに行けば良かったと思うのですが、1日1日を終えるので精一杯で、そんな気力すらありません。
学校が終わったら全ての気力を使い果たしてベッドに倒れ込む毎日。
唯一のストレス発散は食べることだったので、ぶくぶく太っていきました。
高校時代
中学時代とは違って風当たりは多少弱まりましたが、孤立していることやカレンダーを年度末からめくる日々は変わらず、ただ家と学校を往復するだけの3年間。
一生に一度のこの時期を、ほんともったいない。
当然スクールカースト最下位の私に友人なんてできるはずもありません。
ただ、成績は良かったので勉強に集中することで救われていました。もっとほかの事やればよかった。
大学時代
息苦しい実家を、道外の大学に進学することで脱出に成功。
初めての一人暮らしは自由で最高でした。
しかし、「大学に合格して実家を脱出すること」だけが10代の人生目標になっていたっため、それが叶ったとたんに無気力人間になりました。
自尊心撲滅教育の効果はものすごく、もはや「なにかしよう」「なにかしたい」という意欲そのものが枯渇してしまってました。
講義には出ていたもののそれだけで、ただなんとなく4年間を過ごし、なんとなく卒業。
卒業する時は就職氷河期で、就職活動はすべて失敗。
てゆーか最初からあきらめてほとんどやってなかった。
4年間という時間をただぼーーーっと過ごしていただけでした。
アルバイト時代
大学時代に人とのつながりも作ることができなかったため、入学時とあんまり変わらない状態で北海道にUターン。増えたのは体重だけという有様。
両親はこの頃に離婚し、妻に捨てられ(←母は後年路頭に迷った)息子はろくなもんに育たなかったしで(自業自得です)、最後に残った私に期待をかけた父親と二人暮らし生活がしばらく続きました。
経済的には不自由しませんでした。
この頃はまだ言語化はできなかったものの、子供をただ甘やかし続けて社会にしっかり出て行く気概を持たせなかった父親に対する恨みつらみがが心中で爆発、今までの人生の慰謝料ふんだくるつもりで遠慮なく世話になりました。
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正社員時代
このままではいけないと危機感を抱きあるとき一念発起、就職活動したらまさかの合格。
父親と一緒に暮らしたくなかったので、転勤のある会社を選びました。
今思えば会社勤めを通してやっと「一人前の社会人」「真人間」になれたかも。
経済的に自立することは、たとえ親にでも自分の生活に口出しさせないことを学び、失われた向上心が蘇ってきました。
自分次第で能力を伸ばせ、能力を使える環境をはじめて得ることができて、仕事そのものが純粋に楽しかった時代です。
しかし、やはり生育環境のいびつさから「社会の普通」を理解するのに時間がかかったこと、もともとの一匹狼気質から人間関係は希薄になりがちで、上司からのモラハラにあいやすかった…。
機転を利かせて逃げることができた時もありましたが、とうとうどうにもならない袋小路に陥ってしまいます。
この職場からの脱出がほぼ絶望的であることを悟ったため、心療内科の診断書を取得して2018年4月から休職に入りました。
壮絶な職場モラハラ(2014.4~)
終生の仇・脳みそドグサレゲロブタビッチモラハラ因業ババアの後輩に配属され、1か月でターゲット認定、半年で精神科に通い始める事態に。
ストレスで身体の調子もおかしくなり、鍼治療を週6日受けてました。
左遷(2016.4)
そのまま倒れてればよかったものの、生来の我慢強さとまじめさを発揮してしまい、所属異動を強行。
異動先が人材の墓場でした。
上長はいったいどんな説明を人事課にしたのか、いまだ謎です。
休職(2018.4~12)~
この人材の墓場職場に左遷後、2年ちょっとでダウン。
十数年ぶりにひとりでゆっくりと考える時間を持つことができ、この間に複業・パラレルキャリアのB面人生を模索。
心療内科診断中にADHA(多動型)と診断、「ああやっぱりね」と納得。
復職(2019.4~)
退職準備に会社の給料を使うために復職しました。
が、何の因果が廻ったのか、脳みそドグサレクソゲロビッチモラハラ因業ババアのミニチュア版のヒステリー女性上司の部下に配属、組織内の命運はとうに尽きていたと悟る。
経歴から考えて、この二人は顔見知りです。
こいつ単独ならまだ手は打てたのですが、私の配属先は間の悪いことにヒステリー女のホームグランドで、私はアウェイの立場。
しかも係員が全員女性という絶望の女職場で、再休職の危機に。
「総務課にチクって徹底抗戦だ」「周囲を巻き込んで大事にしてやる」という態度を示した結果、課内を支配していたバカ女どもからの合法的逃走に成功(2021年)。
産業医案件に持っていたため異動できるだろうと踏んでいたのですが、課長に異動を握りつぶされ、バカ女どもと同じ係で2020年度スタートという、なんとも気まずい状況にあります。
現在(2021.4~)
隣の課への脱出に成功し、このままこの勤務地で退職まで居座ろうかとも思いましたが、
結局は
・3年ルーチンだろ
・引越は正義なんだろ
・バカ女どもに汚染されまくったバカと仕事できません
と主張し、3月の異動内示を待っている状況です。
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人生B面への野望
ネット副業をメインにアルバイトをしつつ、どーにかして海外移住生活ができないかと模索中。
年齢や資金面でリタイアメントビザはまだ取れませんが、パスポート期限の続く限り各国に短期滞在を繰り返し、時々日本に帰国するという季節移住生活が理想です。
私と同じよーな境遇の人たちを、毒親から・モラハラ職場から・日本からべりべり引き剥がす手助けができないかなーと思ってます。
趣味
日本経済破綻サバイバル、資産形成、資産防衛に係る各種活動が趣味です。
社会がどうなっても自分だけは生き延びる!という我ながら執念がすごいです。
10年くらい前まではぬるめのゲーマーでした。その他、旅行、猫、占い好きです。絵を描きたいなーとずっと思ってます。
季節移住生活をしたいです。国内外の拠点を探索中(るるぶ眺めるの楽しー♪)。
その前にまずセミリタイヤをしなければならにので、トラリピ始めました。
性格
目の前の状況が不利になったらいつでもズラかることができるよう、身軽なライフスタイルを常に心がけてました。
おそらく生まれながらのミニマリストです。本当は余計なものを持ちたくなかった。体一つで世界中を歩いてみたいです。
占いも好きで、スピ的な観点からの自己分析も好き。
就職して結婚して子供産んでマイホーム建てて……という一般的な人生ルートは魂から望んでいないタイプです。
趣味や才能を生かしてお金に換えるべきタイプなのに、なんでまだ会社員やっているんだろう。
家族構成
結婚歴なし、子供なし、持ち家なし、恋人もなしの崖っぷちです。
頼れる人というのがひとっこひとりいないため、自分を強くしたい、向上していきたいという気持ちが強いです。
いわゆる機能不全家庭育ち。長いあいだ、2ch用語で言う搾取子ポジションでした。
2013年頃には親兄弟親類縁者とは全員平等に絶縁済。
私が生き延びるためだから仕方ない。
盆暮れ正月金銀週間の家族イベント時に「突然家凸してきた父親相手に膝を逆方向にへし折る蹴りを正当防衛の振りしてどう繰り出すか」等のシミュレーションを、そろそろしなくて済むようになったのが嬉しいです。
退職を決めた理由
丸々と肥え太った社畜を見捨てた会社を見限ったから
実に実に良くあるパターンですが、自己愛性人格障害者(女)による職場モラハラが原因です。
まともな感覚を持っている人間の方がKY扱いにされ、まともな経歴を持っている人間のキャリアを棒引きにされたためです。
2026年頃の退職を目指しています。
前倒して来年度に退職届を提出できれば言うことありません。