七夕の起源について 

どーもこんにちは。

社畜を余儀なくされてはいるものの、基本的に日本の歳時とか行事とか大好きなパルプンテトモです。

そろそろ七夕ですねー。

七夕って、上巳の節句(ひな祭り)、端午の節句(こどもの日)と並ぶ五節句の一つで、おおきな節目の行事だったんですね。い、意外^^;。

長いあいだ、七夕って願い事を書いた紙を笹の木ぶら下げるだけのお祭りって思ってました。あとはなんとなくそうめん食べて近所の縁日に繰り出すっていう感じ。

みなさん、このお祭りをどう捉えてましたか?

調べてみるとどーもですね、この節句、織姫メインの女の子のお祭りがふさわしいのではないかと思います。関係イベントもりだくさん!

掘り下げていくとたくさんのおもしろい時間が過ごせそうなので、夏までときどき七夕イベントを取り入れたいと思います。

まあその七夕の起源っていっても、いろんな地域のいろんな風習が、ごっちゃになったイベントですね。

七夕伝説おさらい

七夕は、もともと「牛郎織女(ぎゅろうしゅくじょ)」という中国の伝説が起源です。
天帝の娘である織女(琴座のベガ)は、機を織るのが仕事です。しかし仕事ばかりする織女を心配した天帝は、娘を天の川の向かい岸にいる、ひたすら牛の世話に励む勤勉な若者・牽牛(鷲座のアルタイル)と引き合わせ、結婚させました。
夫婦になると二人は遊びにおしゃべりに夢中になって、仕事を全くしなくなってしまいました。天の服は不足し、牛達はやせ細っていきます。神様が働くように言うも、なま返事だけでちっとも働こうとしません。
それをみた天帝は怒り、二人を天の川の東西両岸に引き離してしまいました。
二人が悲しみに暮れてしまっため、その様子を哀れに思った天帝は、一年に一度、7月7日の夜にだけ会うことを許しました。
しかし、7月7日に雨が降ると天の川の水が増水してわたることができないの で、カササギが二人の橋渡しをします。
中国の後漢のころ(1~3世紀)には作られていたようです。

あ、織姫って天帝さまの娘だったんですね。超セレブだったんじゃん。

天帝さまって基本優しい人ですよね。若い男女間の空気読めよって感じですけど。娘の働き過ぎを心配してお見合いさせたところがどっこい想像を遥かに上回るベストマッチングぶり。さすが天帝様、人を見る目がパネエっす。

えらい人ってだいたい「よきにはからえ」って鷹揚なイメージだけど、しかしそんなお人をここまで怒らせちゃうって、仕事の仕上がり具合がよっぽどひどかったの織姫…と思っちゃうんですが…。

天帝さまも男親、どこの馬の骨とも知らぬ若造に大事な娘が夢中になっちゃったのでおもしろくなかったんでしょーねー。

乞巧奠(きこうでん)

七夕の起源は、日本古来の豊作を祖霊に祈る祭(現在のお盆)と、中国から伝来した、女性がお裁縫の上達を願う「乞巧奠(きこうでん)」が習合したものと考えられてます。

七夕伝説は『文選』の中の漢の時代に編纂された「古詩十九編」が文献として初出とされており、南北朝時代の『荊楚歳時記』、その他『史記』等の中にも記述があります。

『荊楚歳時記』には7月7日、牽牛と織姫が会合する夜、婦人たちが7本の針の穴に美しい彩りの糸を通し、捧げ物を庭に並べて針仕事の上達を祈ったと書かれております。

日本語「たなばた」の語源は『古事記』でアメノワカヒコが死んでアヂスキタカヒコネがきたおりに詠まれた歌にある「淤登多那婆多」(弟棚機)、または『日本書紀』葦原中国平定の1書第1にある「乙登多奈婆多」によると言われております。

日本では奈良時代に、節気の行事として宮中で行われていました。

また、万葉集では大伴家持の歌「棚機の今夜あひなばつねのごと明日をへだてて年はながけむ」など七夕にまつわる歌があります。

乞巧奠は、平安時代には宮中の庭に蓮を敷き、その上に山海の産物とともにとヒサギ(赤芽柏)の葉に五色の糸を通した七本の針を刺して供え、琴や香炉を飾ったなかで、天皇が牽牛・織女の二つの星をながめたり、詩歌管弦の遊びをする祭りでした。

京都の冷泉家では今でも乞巧奠が行われています。梶の葉をに和歌を書き、五色の布に吊るします。
星の座といわれるお供えをし、角盥(つのだらい)に水を張り梶の葉を浮かべて星を映す用意をし、 琴と琵琶も手向けているそうです。

室町時代になると、カジノキ(梶の木)に天皇をはじめ臣下の歌を結びつけ、硯・墨・筆を飾り、歌・鞠・碁・花・貝覆(かいおおい)・楊弓(ようきゅう)・香の七遊の遊びが行われたと言われます。

江戸時代には、天皇が芋の葉の露でカジノキの葉に和歌を七首書き、カジノキの皮とそうめんでくくって屋根に投げ上げるのがならわしでした。江戸幕府は、七夕を五節供の一つに定め、正式な行事としました。

江戸域の大奥では、四隅に葉竹を立て注連縄を張った台を縁側に置き、中にスイカ、ウリ、菓子などを供えました。奥女中が歌を色紙に書いて葉竹に結びつけ、翌朝供物とともに品川の海に流すのが七月七日の行事となりました。

江戸や大坂では、前日の六日から笹竹売りが「竹や、竹や」と売り歩き、各家では五色の短冊に願い事を喜いて笹竹に結びつけ、軒や縁側に立てました。
この竹飾りは、翌日には海や川に流されるのがならわしでした。 このことは、古来のけがれをはらう清めの行事として最も重要な部分で、「七夕送り」と言われます。

本来、宮中行事だったものが、織姫が織物などの女子の手習い事などに長けていたため、江戸時代に手習い事の願掛けとして、一般庶民にも広がったのです。

棚機津女(タナバタツメ)伝説

日本の七夕の起源は、乞巧奠だけではありません。


日本では、毎年7月7日に「棚機津女(タナバタツメ)」という巫女が、水辺で神の降臨を待つという行事がありました。

「棚機津女」とは、「水場で客神(まろうど)を迎える女性」のことです。祖霊や客神を迎えるため水場で機を織りつつ待つ女性が神格化したもので、我が国では古くから存在していたらしいっす。

これは織物を作る手動の機械を扱う女性を指し、天から降りてくる水神に捧げるための神聖な布を、穢れを知らない女性が「水辺にある機織り小屋」にこもって俗世から離れて織る、という習慣が、むかしむかしの日本にはあったのです。

このかたちの原型は古代縄文にまでさかのぼりますが、この時代、共同体を訪れる客人は他の地域から大変な苦労を重ねながらやってきた人で、いろんな文物や文化や情報を運んできたまことにありがたい人であったに違いないのっす。

一族を代表する立場の女性と客人は聖なる交わりを行い、その種を貰い受けたのではないでしょうか。

その種から立派な子供が誕生するには、神の恵みがなければなりません。したがって、客人の種を貰い受ける「場所」というものは、聖なる場所(水場)なんです。

それが時代をくだるにつれて、さまざまな民間信仰のかたちになっていったんですね。

※「棚」の字は、たぶん高床の小屋のことだと思います。

すっごいマニアックなムダ知識で分析すると、このあたりの行為は陰陽五行に当てはめれば女性(陰)+水(陰)+機織り(陰)=「全陰」が成立します。この状態に、対極の「陽」である男性(神)が、磁石のN極とS極のよーに惹きつけられてくるのは、これ自然の道理!

いやーこのへん、折口信夫氏が、神聖な水辺での神の妻となる巫女が機を織りながら、寄り来る神を迎える…という神婚説話で繋がってるんですよーむっはー超エーロスー!!もっと縁結びイベントに繋がらないかなー!!


日本の七夕は、この「タナバタツメ」と、中国の乞巧奠とが合体したものだという説が有力で、「七夕」を「たなばた」とする読み方は、ここから来ているようです。

これは後世になってまた民間のいろんな行事と混ざり合って出来上がったものだといわれており、短冊に願い事を書くのは乞巧奠の風習から、短冊や笹を川に流すのは禊からきたものだそうです。

お嬢さんをもつ全国のお母さんに提案っす!

…なんかもう調べれば調べるほど複雑になってきますが、一言でまとめると七夕の起源って「女性のお裁縫スキル上達を願うこと」が根底にあるようですね。

七夕の行事食とされるそうめんや、七夕飾りの吹流しは、もともと機織りや裁縫に関係する「糸束」が由来になっていますから。

ゴールデンウィーク明けから七夕まで、あんまり季節イベントらしいものはないです。

ですので私、昔は着物好きだったものですから、イベント閑散期の5・6月のあいだに浴衣を縫いたいなーとずっと思ってたんです。仕事忙しくて縫えたためしがなかったですが…。

北海道で浴衣なんて塗っても、じゅって一瞬なんかちょっと暑くなってすぐ秋になっちゃいますけど、七夕が機織りや裁縫と関係のある節句なら、七月までに浴衣を縫うという発想やスケジュールは悪くなかったんじゃないかなーと思います。

あ、「棚機津女」も、7月6日の夜までに布を仕上げるスケジュールだったそうなんですよ。

私に娘がいたら、たぶん今頃は浴衣用の反物買って、七夕に向けて一緒にちくちく浴衣つくってたんだろうな。

仕事ばかりでこういう日常に潤いがまったくないままアラフォーになっちゃったんだよなー(遠い目)。

…で、ここで提案ですが、全国のおかーさん!

七夕までにここはいっちょ「お嬢さんと一緒に浴衣の反物を買って七夕までに浴衣つくって織姫になる七夕イベント」でっちあげるってのはどうでしょうか。

「陽」の気をもつ男性を引き寄せるそのためには、まず女性側が「陰」の状態をつくる必要があるんですよー!

水の近く(金魚鉢でも可?)で(陰)

女性が(陰)!

浴衣をちくちく(陰)!!

七夕までに水場で浴衣を縫うのは、古代日本は縄文時代より受け継がれる、良縁引き寄せのおまじないです!(机ドン)

繰り返しますが、「陰」に「陽」が引き寄せられる、これ道理!!

古代日本の伝統により、このおまじないでもれなくイケメン男子(神)がご降臨っ!!
ゴールデンウィークから七夕までに浴衣を仕上げればあなたも織姫!きっと素敵な縁結びっ!!


陰陽五行の「陰」を重ねる効果で、お母さんもお嬢さんも、女性ホルモンたゆんたゆん!七夕までにはすっごいみずみずしい女性になりますよきっと!!

で、自分で仕立てた浴衣着て夏祭りで男神ゲット!

着物業界のみなさま注目ですよ!!